動物倫理 – 西洋哲学

アイキャッチ:動物倫理-西洋哲学 重要記事

本ページでは、動物倫理の概要と歴史を紐解きながら、「動物擁護活動家は、動物解放を実現するために、動物倫理をどのように活用すれば良いのか」という観点から検討します。

哲学とは

動物倫理は哲学の一分野であり、現在の動物擁護運動は主に哲学者が主導してきました。

哲学の定義は、「世界や人生の究極の根本原理を客観的・理性的に追求する学問」(日本国語大辞典)。
哲学(philosophy)の語源は、「知を愛する」(ギリシャ語 philo:愛する、sophia:知)。

哲学の始まりは、紀元前585年5月28日、古代ギリシャとされています。これは、最初の哲学者といわれるミレトス人のタレスが予告した日食が起こった日です。タレスは、最初の数学者・物理学者・天文学者・気象学者でもありました。

肖像画:哲学者:タレス
タレス

哲学はすべての学問の原点であり、やがて自然科学・物理学・数学・宗教学などに分岐していきました。すべての学問の博士号が、Ph.D(Doctor of Philosophy)である理由です。

哲学は大きく、形而上学、認識論、論理学、公理学、美学、倫理学、政治哲学の7分野に分けられ、細分化していきます。

《参照》

哲学. コトバンク. https://kotobank.jp/word/%E5%93%B2%E5%AD%A6-101028
京都大学西洋古代哲学史研究室. https://sites.google.com/site/ancientphilkyoto/introduction

倫理・倫理学とは

記事内画像:哲学の分岐 倫理学 動物倫理
倫理

倫理の定義は、「善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの」(デジタル大辞泉)。
倫理(ethics)の語源は、(ギリシャ語 ethicos:道徳、ethos:ある民族や社会に共通する行動様式)。
類義語に、人倫、道徳、モラル、徳、美徳、道、仁義、仁、義、義理などがあります。

倫理学

倫理学とは、倫理を研究する学問。
倫理学の始まりは、倫理学を始めて体系化したアリストテレス(前384- 前322)著「ニコマコス倫理学」の出版とされています。

肖像画:哲学者:アリストテレス
アリストテレス

倫理学の分類 メタ倫理学・規範倫理学・応用倫理学の3つに分けられます。

  • メタ倫理学:メタとは「高次の」という意味であり、メタ倫理学は、「倫理とは?」「善とは?」など倫理の前提となる概念に関して研究する学問
  • 規範倫理学:善/悪や、正義/不正義を判断する基準や、倫理的行為を研究する学問
  • 応用倫理学:現実社会において、倫理をどう考え、どう実行するかを研究する学問

規範倫理学の分類 倫理学には、義務論、帰結主義(利己主義、功利主義)、社会契約説、共同体主義、徳倫理学、ケア倫理学、決疑論などがあります。

  • 義務論(行為の正しさを重要視(非帰結主義))
    規範やルールを守ることを義務とすることが、倫理的であるとする説。イマヌエル・カント(1724-1804)が提唱
  • 功利主義(結果の正しさを重要視(帰結主義))
    最大多数の最大幸福を目的とするすることが、倫理的であるとする説。ジェレミ・ベンサム(1748-1832)が提唱
  • 徳倫理学
    倫理的に良い行為を行う人の性質や性格に着目し、良い人間になる方法を考える学問(義務論や功利主義のように、倫理的行いとは何かを考える学問ではない)
  • ケアの倫理(ethics of care:EoC:ケア倫理学)
    倫理的行動は、対人関係とケア、または、美徳である慈悲を中心とする、と考える説。ケアとは、脆弱と依存にある他者に配慮すること。1982年キャロル・ギリガンに由来。
《参照》

倫理学について調べる. 大阪大学総合図書館. https://www.library.osaka-u.ac.jp/doc/2022_Ethics.pdf.
江藤 裕之. careとethicsの語源とその本質. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjne/14/1/14_140106/_pdf.
名著119「ニコマコス倫理学」. NHK. NHK. https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/119_nicoma/index.html.
倫理学概論 II 第1回 倫理学理論の分類. 大阪市立大学文学研究科. https://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/class/ethics_outline/outline2/theories.html.
功利主義:デジタル大辞泉
ファビエンヌ・ブルジェール. ケアの倫理. 2014

動物倫理とは

動物倫理学は、応用倫理学の一分野であり、規範倫理学(功利主義、義務論、徳倫理等)によって分析されます。

動物倫理とは、「人間による動物の扱いについて、善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの」。
動物倫理学とは、人間による動物の扱いについて、善悪・正邪の判断において普遍的な規準に関する研究。

活動家の中では、動物倫理学者でありながらにヴィーガンではない人に対する疑問や不満の声があります。上記の定義によると、動物倫理学は、人間の動物に対する倫理的判断の基準の研究ではあるが、必ずしも行為を伴うものではないことがわかります。

動物倫理の歴史

ここでは、西洋哲学における動物倫理の歴史の一部を概観します。

前580頃-前500 ピタゴラス 輪廻転生の中で人間と動物の間では魂が循環しているとし、動物に敬意を払うべきだと考えた
前427-前347 プラトン 人間の優越性を認めたものの、理想的な社会は菜食主義だとした
前384-前322 アリストテレス 動物には思考や理性がなく、人間の道具であると考えた
前371頃–前287 テオプラストス(アリストテレスの友人) 動物には理性があるため、肉食は不当であると主張した
1596-1650 ルネ・デカルト 動物は意識や感覚を持たない自動機械であると考えた
1712-1778 ジャン=ジャック・ルソー 動物には知覚力があるため、自然法に含めるべきだとした
1724-1804 イマヌエル・カント 人間は動物に対して倫理的義務ないが、動物を残酷に扱うことで残酷な習慣を身につけてしまうため、動物虐待を避けるべきだとした
1748-1832 ジェレミ・ベンサム 動物が苦しむ能力を持つため、倫理の対象とすべきだと考えた
1970 リチャード・D・ライダー(心理学者) 「種差別(specism)」という言葉を作った
1975 ピーター・シンガー 『動物の解放:Animal Liberation』出版

写真:哲学者:ピーター.シンガー

By Crawford Forum – IMG_4421_Peter_Singer, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=73775762

1977 スティーブン・R・L・クラーク 『動物の道徳的地位:The Moral Status of Animals』を出版
1983 トム・リーガン 「The Case for Animal Rights』出版

写真:哲学者:トム・リーガン 2

2000 ゲイリー・フランシオン(法律学者) 『動物の権利入門──わが子を救うか、犬を救うか:Introduction to Animal Rights: Your Child or the Dog?』出版

Gary Francione by e-mail attachment, uploaded by SlimVirgin June 2009. – Gary Francione by e-mail attachment. Released under a Creative Commons Attribution licence. E-mail to permissions. (peguei da wiki en: http://en.wikipedia.org/wiki/File:Gary_Francione.jpg), CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7204361

2011 ロザリンド・ハーストハウス(徳倫理学的アプローチ)

写真:哲学者:ロザリンド・ハーストハウス 2

Bronkoji, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6743645

2015 ローリー・グルーエン 『繋がりあう思いやり──もう1つの動物倫理』出版

写真:哲学者:ローリー・グルーエン
Lori Gruen, https://www.lorigruen.com/.

動物倫理学の2つの古典と言われているのは以下です。
1975年 ピーター・シンガー「動物の解放:Animal Liberation」
1983年 トム・リーガン「The Case for Animal Rights」

なお、『動物の解放』『動物の権利』を出版し、Great Ape Projectを設立し、動物権利運動を率いてきたと認識されているピーター・シンガーは、すべての動物に権利を獲得しようと主張しているわけではありません。シンガーは功利主義者であり、「最大多数の最大幸福」を実現するために、動物権利・人権の制限を許容します。

《参照》

Joshua J. Sias. Ancient Animal Ethics: The Earliest Arguments for the Ethical
Consideration of Nonhuman Animals. 2015/10. https://engagedscholarship.csuohio.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1021&context=tdr.
animal rights. Britannica. https://www.britannica.com/topic/animal-rights.
Alissa Branham. “Brief Summary of Philosophy and Animals”. 2005. https://www.animallaw.info/intro/philosophy-and-animals.
Food for Thought in Rousseau’s Emile. Aubrey Rosenberg. 1995. https://www.erudit.org/en/journals/lumen/1995-v14-lumen0293/1012511ar.pdf.
浅野幸治. 動物権利論の回顧と展望. 2023/06/27. https://www.toyota-ti.ac.jp/Lab/Kyouyou/Humanities/RightsTheory.pdf.
竹下昌志. 動物倫理学ことはじめ 人間以外の動物との倫理的な付き合い方を考える. 2023/12/6. https://speakerdeck.com/takeshit_m/dong-wu-lun-li-xue-kotohazime-ren-jian-yi-wai-nodong-wu-tonolun-li-de-nafu-kihe-ifang-wokao-eru.

動物倫理と動物権利の関係

倫理と権利が異なるように、動物倫理と動物権利も異なります。最初に両者を区別してから、関係を見ていきます。

倫理の定義 「善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの」(デジタル大辞泉)
権利の定義 「ある物事をしてよい、またはしないでよいという資格。特に、(一定資格の者に対し)法が認めて保護する、特定の利益を主張・享受し得る力。」(Oxford Languages)

倫理は価値観に基づくものであり、権利は法に基づくものです。
ゆえに、哲学者・倫理学の研究により人々の倫理観が更新され、更新された価値観を持つ人々の数が社会の一定数に達したら、法に基づく権利が認められます。
その際、更新された倫理観を獲得しなかった人々は、法によって倫理を守るように強制されます。

これまで、先端的な哲学者・倫理学者が人々の価値観や法を更新する重要な役割を担ってきましたし、これからも担っていくでしょう。

動物倫理が社会をどう変えるか

かつての日本では、動物愛護活動でさえ奇異の目で見られ、嘲笑の対象でした。しかし現在では、数多の動物愛護団体が設立され、伴侶動物を虐待した人々は社会的な制裁を受け、各政党に動物愛護議員連盟が設立されました。

動物擁護先進地である西欧諸国では、伴侶動物への配慮から、畜産動物や実験動物への配慮に進み、動物福祉の法制化が進んでいます。一部の国では、動物に一定の権利を認める憲法改正や立法が行われています。日本でも、配慮の対象が畜産動物や実験動物に広がり、国として動物福祉の推進を行うようになりました。

先に見てきたように、これら動物への倫理・配慮拡大の先頭に立ち、推進してきたのは動物倫理学者であり、私たち市民や社会が意識しているしていないに関わらず、私たちは彼らの研究によって価値観とシステムを変えてきました。そして動物倫理は、これからも私たちや社会を変えていくでしょう。

動物倫理の動物擁護運動への応用

動物倫理の動物擁護活動への応用について、執筆担当の個人的な活動経験を参考までに共有します。

私が動物の現状を知り活動をはじめたきっかけは、映画「Earthlings」を観てショックを受けたという、感情的なものでした。
動物擁護活動を始めるまでに1年かかったのですが、その間に、ピーター・シンガーの『動物の解放』『動物の権利』など、活動において基本とされる書籍を読みました。

私は、活動家は大きく、感情的に活動を始めた人と、理性的に活動を始めた人に分けられると仮定しています。感情的に活動を始めた人とは、私と同様、動物が酷い目にあっている姿を見て、悲しみや後悔や怒りによって活動を始めた人。理性的に活動を始めた人とは、動物倫理について学び正当性を納得して活動を始めた人や、ヴィーガンになる根拠や栄養など様々な観点から検討し活動を始めた人です。両者の間はグラデーションになっています。

現状、活動している人々の多くは、私と同様、感情的に活動を始めた人が多いと思われます。日本では、感情的な表現で、感情に訴えかける、煽情的な活動が多いからです。
感情的な活動は、感情を揺さぶられる人のうち、動物に共感的な人のみを感化します。一方、動物に共感的でない人には反発心を生む可能性があります。また、感情は社会を変えるきっかけや原動力になる一方、社会システムにまで昇華させることはできません。すべての人や社会が、「動物がかわいそうだから」「動物が悲しい思いをさせたくない」といった感情によって変わっていけばいいと思います。しかし、現実はそうではありません。

システムチェンジに必要なのは、「なぜ、私たちは動物を搾取してはならないのか」「なぜ、私たちは社会として動物を守らなければならないのか」「それは人間にどのような利得をもたらすのか」など、理性と科学に基づく、論理と根拠です。

動物倫理は、動物擁護活動家に論理と根拠を与えてくれます。私たちは動物倫理を学ぶことによって、人々の疑問や質問や批判に対応し、活動や目的に説得力を持たせることができます。そして、人々や社会の価値観やシステムを、力強く、そして不可逆的にシフトさせていくことができます。

以上のことから、動物倫理は動物擁護活動において必須の教養であると言えます。

動物倫理の学び方

日本の動物擁護活動の発展、人々や社会が動物に起きている問題を真剣に考え、システムチェンジの必要性を理解し、実際に社会を変えていくために、日本人の動物倫理学者が増えることは極めて重要です。動物倫理を学べる教育機関は以下。

  • 京都大学 応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)「人と動物の倫理研究会
  • 北海道大学大学院文学研究院 応用倫理・応用哲学研究教育センター

動物倫理に関する書籍や論文は、《資料》メディアにまとめています。

今後ますます、日本の哲学者が動物倫理を推進し、若い哲学者が動物倫理の研究に携わることを願っています。

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