アイキャッチ:Issues:動物への被害:食 重要記事

巨大な問題:食

動物利用問題のうち、最大の問題は食であり、最も解決困難な問題です。何気ない日々の動物食が、動物はもちろん、環境、人間の健康や精神状態、そしてに社会のあり方にネガティブな影響を与えています。

ヒト以外の動物は、食品の隅々、経済の隅々にまるで空気のように行き渡り、ヴィーガンにならない限り、意識することもありません。かつては小規模で比較的可視化されていた畜産業が、第二次世界大戦以降、工場式畜産の発達により大規模かつ不可視化されました。漁業や養殖も大規模化し、毎年1〜3兆の水棲動物を殺しています。人類は地球史上これまでにない規模で、動物の殺戮を行っています。
毎日大量の動物の血と叫び声が垂れ流されていますが、一般社会に生きていればそれらを見て、聞くことはほとんどありません。動物への暴力が存在していないように見せることこそが、動物搾取を成り立たせる最も重要な戦略です。

三大家畜動物

ここでは、最も多く繁殖され、飼育され、殺されている、三大”家畜”動物に、それぞれの動物の生態と、動物たちが体験している現実を見ていきましょう。

牛のことを知っていますか?

牛は、ヒトと同様、脊椎がある哺乳動物です。ゆえに、私たち同様、意識を持ち、知性、感覚、感情などを持っています。

特に、牛の母子は深い愛情でつながっており、お母さんは、安全な環境で子供を産み、大切に育てたいという強い欲求があります。

母と子の愛

牛の感情は豊かで、牛はもちろん、他の動物に共感もします。ストレス下にいる牛の近くにいる牛は共感し、ストレスホルモンであるコルチゾールが上昇します。牛は家族や友達が死ぬと、涙を流して悲しみます。

また、社会性が高い動物であり、家族や仲間といると安心します。ヒトのことも見分けていて、嫌なヒトがいると避け、好きなヒトがあると近づいていきます。音楽や遊びが好きで、ヒトの演奏に耳を傾けたり、ボールや雪で遊んだりします。

ボール遊びをする牛

牛への暴力・搾取

牛はかつてはオーロックスという動物でしたが、家畜化され、、ヒトの利用用途によって遺体を食べる肉牛と乳牛に分けられます。オーロックスはヒトによって絶滅させられています。

牛と聞くと緑の牧草地で牧歌的に生きている牛を想像していますが、現代ではほとんどが工場的畜産(集約的畜産)で自然と触れ合うこともなく、一般のヒトの見えないところで集約的に管理されています。

牛の一生は悲惨です。母牛は、見たこともない牛の精子を強制的に受精され、妊娠させられます。産まれた子牛は、
・ビタミンA欠乏にさせられ失明し殺され子牛肉として食べられる、
・太らされ肉牛として殺される、
・乳牛として一生子供を産まされ、奪われ、搾乳され、乳が出なくなったら殺されるなど、
いずれも悲惨な生涯を送ります。

母牛は自分の子供が奪われる時、追いかけ、奪うヒトと戦い、追いかけ、泣き続け、場合によっては悲しみのあまり死んでしまうこともあります。牛は、子を奪われる時や、仲間が連れ去られる時、そして自分が殺されるとき、絶望して涙を流します。

子供を追いかける母親

その一生の間、ツノを切られ、睾丸をとられ、尾を切られ、病気にかかり、怪我をし、関節炎や乳房炎に悩み、薬や抗生物質を与えられ、人工的な飼料で内臓をやられ、精神的におかしくなり異常行動を起こすなど、想像を絶する苦痛に満ちた短い生涯を送ります。牛の自然寿命は15〜 20年以上ですが、肉牛はまだ子供である2才半〜3才で殺されます。

牛への暴力

豚のことを知っていますか?

豚は、ヒトと同様、脊椎がある哺乳動物です。ゆえに、私たち同様、意識を持ち、知性、感覚、感情などを持っています。

豚は、高い知性を持ち、自己認識能力、鏡像認知能力、他の豚や動物やヒトを見分け、共感し、コミュニケーションするる能力を持っています。何年もの間会っていなかったヒトを覚えており、テレビゲームもできます。

テレビゲームをする豚

一般的なイメージと異なり、キレイ好きです。汚く、臭い状態でいるのは、畜産農家がが汚く、臭い状態にしているからです。豚たちは汚い状況にストレスを感じています。自然に近い状態では、泥に塗れていることがありますが、それは寄生虫を除去し、体を冷やすためです。

豚は、豚同士はもちろん、他の動物やヒトとも関係を築くことができます。嫌いな対象は避け、好きな対象とは仲良くしようとします。他の動物が危機に陥った時、身を挺して救ったり守ったりする豚の行動は多数記録されています。心臓発作に陥ったヒトを助けようと、他のヒトを呼びに行ったこともあります。

赤ちゃんヤギを助ける豚

豚への暴力・搾取

動物の搾取の始まりは、すべて女性に対する搾取です。繁殖用とされる女性の豚は、生後6〜7ヶ月で妊娠させられ、50頭ほどの子どもを産み、4〜5年で殺害され食べらます。
ほとんどの豚は、食用として産まれます。本来の寿命は15〜20年ですが、ヒトは生まれてたった6ヶ月の子どもを食べています。

豚の一生も悲惨です。産まれたら、無麻酔で歯と尾と耳を切られ、男の子は睾丸を切り出されます。ストレスフルな環境で働く人々によって、その捌け口として虐待が行われることもあり、子豚はコンクリートの床に叩きつけられ、殴られ、蹴られ、大人の豚たちはスタンガンで感電させられ、ありとあらゆる暴行を受けます。母牛は、一生のほとんどを妊娠ストールと呼ばれる、ほとんど身動きができない檻の中に入れられ生きます。閉所恐怖症の人にとっては、悪夢のような一生が想像できるでしょう。

当然、精神に異常をきたし、柵を噛み続けたり、自分の子供や他の豚を攻撃し食べてしまうような異常行動を行うようになります。様々な病気、感染症、怪我、炎症、アレルギーに苦しみ、それを抑えるために様々なワクチンや抗生物質、薬品を投与されます。感染症が蔓延し、毎年多数の豚が生き埋めにされるなどの方法で殺されていることは皆さんもご存知でしょう。

殺される時、豚は嗅覚が鋭いため、血の匂いを感じ、恐怖に怯えます。そして一頭一頭、頭にボルトを打ち込まれ、首を掻き切られ、殺され、解体され、パックされ、スーパーに並びます。
スーパーに並んでいる肉、それぞれが意識を持ち、家族を想い、愛情があり、苦痛を感じていたのです。

豚への暴力

鶏のことを知っていますか?

2012年神経学者等による「意識に関するケンブリッジ宣言」は以下です。
「(前略)非ヒト動物が、意図的な行動を示す能力とともに、意識状態の神経解剖学的、神経化学的、神経生理学的基盤を備えていることを示している。 (中略)すべての哺乳類と鳥類およびタコを含む他の多くの非ヒト動物が、これらの神経基盤を持っている。」
ゆえに鶏は、私たち同様、意識を持ち、知性、感覚、感情などを持っています。

鶏は、悲しみ、怒り、幸せや喜びのダンスも踊ります。母は子どもたちを愛し、守ります。

キングコブラから子どもたちを守る母

鶏やヒトの顔も見分けており、仲間の鶏はもちろん、他種の動物やヒトが危機に陥っていたら、自分の危機を顧みず助けます。
鶏同士は鳴き声を使い分けてコミュニケーションを取っており、私達ヒトとは非言語コミュニケーションが可能です、愛情を表現したり、自分の子供を紹介してくれたり、落ち込んでいたら慰めてくれます。

鶏への暴力・搾取

家畜とされる鶏は、肉をとるための肉用鶏と、卵をとるための採卵鶏(採卵鶏)に分けられています。

肉用鶏
肉用鶏の多くは、ブロイラーと呼ばれる種です。ブロイラーは短期間で、異常な大きさに成長するように品種改変されました。通常寿命は5〜6年ですが、40〜50日ほどで殺されます。通常食べられている鶏肉は、まだ子どもの鶏の肉です。短期間で異常に成長するため、骨折や内臓疾患など様々なを起こします。そのため飼料にワクチンや薬、抗生物質などが添加されています。また、鶏たちは心を病み、異常行動やに精神疾患に陥ります。私達がそのような鶏を見たことが無いのは、窓も何も無い厩舎で大量に飼育されているからです。もし、そのうちの誰かが鳥インフルエンザなどに罹患した場合は、その建物の鶏すべてが殺戮されます。

ブロイラー(日本も同様の状況です)

採卵鶏
採卵鶏は当然ながら、すべて女性の鶏です。本来の生態からはかけ離れた量の卵を産むように品種改変されています。採卵鶏を産むために利用される採卵鶏もいますが、生んだ鶏の半分は男の子です。
男の子は商品価値がありませんので、袋詰にされ圧死や窒息死し、場合によっては生きたままミキサーで切り刻まれます。動物園に引き取られ、飼育員に殺され、猛禽類などの餌にされることもあります。

女の子はバタリーケージと言われる極めて狭い金網に数名ごとに詰め込まれ、一生をそこで卵を産むためだけに監禁されます。飼育を簡便にするために、くちばしを切断され、あるいは焼き切られます。鶏は、卵を産むほどにカルシウムやビタミンが消費され、体は衰え、骨折や怪我、病気などに苛まれ、ワクチンや抗生物質などの薬漬けにされます。卵を埋めなくなったら殺されて食べられるか、廃棄されます。

ミキサーで殺されるヒヨコ

ヒトはこれからどうすべきか

私達はこれまで、家畜とされている動物たちの本来の姿も知らず、共感も配慮もせず、飼育や殺害を他人に任せ、肉や牛乳や卵という利益を享受してきました。

私達が魅了されているのは、その中毒性の高い味、匂い、裕福なイメージや男らしいイメージなどです。しかし、それらのために、意識があり、愛情や苦痛を感じながら、かけがえのない生を生きている動物に、暴力をふるい、虐待し、殺害することは良いことなのでしょうか。

なぜ、犬や猫など伴侶動物に対する動物虐待や殺害は、嫌悪感や怒りを呼び起こし、法によって禁止されているのでしょう。なぜ、牛や豚や鶏に対しては、何も感じないのでしょうか。前者を伴侶動物と分類し、後者を家畜動物と分類したのは人間です。どちらも、意識があり、感情や感覚や知性をもつ点で何も変わりません。

多くの人は、牛や豚や鶏についてほとんど何も知らず、関わったことも、人によっては見たことすらなく、従って何も感じません。もしあなたが、子供の頃から仔牛と一緒に成長したとしましょう。一緒に走り、ボール遊びをし、喜び、悲しみ、一緒に寝て、まるで兄弟や友達のようだったら。その牛が殺されそうになったら、なんとかして守ろうとするのではないでしょうか。食べることなど、とてもできないでしょう。

すべてのヒト以外の動物やヒトは、同じ星に住む兄弟であり友人です。想像力を膨らませ、相手の気持ちや感覚に共感し、苦痛に喘ぎ、悲しんでいれば助け、喜びや愛情を感じたら分かち合う。
どうでしょう。本当に実現したら素晴らしくはないですか?あり得ないように思えても、その世界に向けて努力をしない理由にはなりません。

また、私達はなぜ、動物が喜んでいる姿や楽しんでいる姿を見たくなるのでしょう。逆に動物が苦しんでいる姿や殴られている姿は見たくないのでしょうか
それが私たちの心が本当に望んでいる世界

私達アニマリズム党は、そのような社会・地球を作っていくために市民や社会を説得していきたいと思っています。

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